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2007年三社祭

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三社祭は浅草神社の例祭。期間中は氏子衆と呼ばれる地域の信者たちにより、さまざまな神事が行われます。見物の際には、神様を大切にもてなそうとしている地域の人たちの真摯な思いを尊重していただければと思います。

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三社祭の歴史

ご存知でしたか?
江戸3大祭りのひとつ、「三社祭」といえばあまりにも有名ですね。
でも、「三社祭」の起源や名称の由来など、あまりご存じない方も多いのでは?その歴史を知ることで、「三社祭」をもっともっと楽しむことができるはず。
さあ、ご一緒にちょっとタイムスリップしてみましょう!

「三社祭」の「三社」って何?
時はさかのぼり、推古天皇の36年3月18日(西暦628年4月15日)。春うららかなある朝のこと、漁師の桧前浜成(ひのくまはまなり)・竹成(たけなり)の兄弟が、今日も隅田川で漁に精を出していました。しかし、その日に限ってどうしたことでしょうか。たった一匹の魚も釣れません。網にかかるのは、ただ人の形をした像だけ。兄弟は、何度もその像を水中に投げ捨てては、別の場所に変えて網を打ちつづけました。
でも、網にかかるのは、なぜか同じ像なのです。ついには兄弟も不思議に思い、その像を拾いあげて、今の駒形から陸にあがり、エンジュの木の切り株に置きました。そして、当時、郷土の文化人であった土師真中知(はじのなかとも)にこの日の出来事を語り、像を見てもらったのです。
すると、像を見た土師氏は大変驚きました。「これは、尊い聖観世音菩薩像で、自分も帰依する所の深い仏像である」と兄弟に告げ、その功徳について、くわしく説明しました。
兄弟は、拾った観音が現世利益仏(信仰することによって、現世で得られる利福)であることを初めて知り、信心が揺り起こされました。そこで2人は、深く観音を念じて名号を唱え、「私たちは漁師です。魚がとれなくては、その日の生活にも困ります。なので、どうぞ明日は大漁であるようにお願い申しあげます。」と祈りました。
そして、翌日19日の朝。兄弟は、また網を隅田川に打ちました。すると、観音像に願ったように、大漁を得ることができたのです。
それから間もなくして、土師真中知は剃髪して僧となり、自宅に堂舎を構えて寺とし、あの観音像を安置し奉りました。そして供養護持のかたわら、郷民の教化に生涯を捧げたのです。
土師真中知の亡くなった後、不思議な出来事がありました。跡継ぎの子が、観世音の夢のお告げを受けたのです。そのお告げに従って、桧前兄弟と土師真中知の3人を神として祀り、三社権現と称しました。今、「三社さま」として親しまれている浅草神社は、この三社権現社が始まりとされています。「三社祭」の「三社」の由来は、桧前兄弟と土師真中知の3人のことだったんですね。

「三社祭」の昔と今を見てみると
「三社祭」といえば、神輿をかついで威勢よく練りまわる姿がすぐに浮かんでくるでしょう。でも、昔はどうも今とは様子が違っていたようです。 昔の祭は3月17日、18日の両日、および6月15日に行われていました。現在のように、町内若衆によって本社神輿をかつぎ廻るということはなく、むしろ船祭の行事が中心で、各町から繰り出された山車がその絢爛さや豪華さを競い合っていました。その当時は、現在の氏子中だけでなく、浅草橋や蔵前筋の各町まで広範囲にわたって、三社祭に参加していたようです。
祭礼当日の早朝は、山車や獅子屋台などが浅草見附の御門外に集合。御蔵前から諏訪町、並木町と進んで、仲見世から境内に入り、観音堂に安置された神輿の前にお参りします。そして、おのおのの芸能を演じ、随身門(二天門)を出て、自分の町々へと帰るのが恒例でした。
この行列が午前10時半頃に終わると、「お堂下げ」といって神輿三体を本堂からおろし、一之宮を先頭に仲見世、並木町を経て、浅草御門の乗船場まで担ぎます。ここで神輿を船にのせ、浅草川(隅田川)を漕ぎのぼって、駒形岸から上陸しました。 三社祭がいつ頃から始められたかは不明ですが、昔は、丑(うし)、卯(う)、巳(み)、未(ひつじ)、酉(とり)、亥(い)の1年おきに本祭が行われ、正和元年(1312年)から、三社の神話に基づいて、船祭の行事が始められたと言われています。 この船祭は江戸末期まで続き、明治に入って廃絶しました。そして明治5年から5月17日、18日の両日に祭礼を行い、現在の氏子各町に神輿の渡御を行うようになりました。

現在の祭礼は、昭和38年から5月の第3金・土・日曜日に行われています。スタートは木曜日の夜から。本社神輿神霊入れの儀をして、金曜日はびんざさら舞奉納、土曜日は氏子各町連合渡御を、日曜日には本社神輿の各町渡御を行います。 浅草を舞台に繰り広げられる三社祭は、まさに「江戸の華」。3日間で、毎年約150万人の人出が見込まれ、あふれる熱気で盛り上がっています。

参考文献:浅草神社と三社祭(浅草神社 発行)

いかがでしたか。
「三社っていうのはね〜」と、まわりの人に語ってみると、ちょっと自慢できるかも!?
「三社祭」の歴史を知ると、いつもの祭もまた趣きが違って映るかもしれませんね。

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